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【さぼった速報】ちょっと疲れた男の話を聞いておくれ

1:2014/06/16(月)11:07:45 ID:
死ぬ気で頑張った
勉強も仕事も死ぬ気でやった、プライベートも全力で遊んだ。

30歳の疲れた男。初めて仕事をばっくれた
2:2014/06/16(月)11:08:07 ID:
ほぅ…
3:2014/06/16(月)11:08:18 ID:
おめでとう
5:2014/06/16(月)11:09:18 ID:
ニートの仲間入りだな。
歓迎しよう。仲間が増えた事を!

11:2014/06/16(月)11:17:50 ID:
>>5
ニートになる気は無いよ
でも、少し休んでも良いのかなって思う
6:2014/06/16(月)11:09:50 ID:
子供の頃から、スパルタの母親と仕事の鬼の父親と祖父のもとで
いつも勉強、暇さえあればピアノ・水泳・柔道をやった

勉強・勉強・・・ 気がつけば進学校に進んでいた。
友達もたくさん作れ。と祖父の厳しい教えに遵い、本当に友達100人以上と付き合った
7:2014/06/16(月)11:10:32 ID:
鬱傾向かもな
クリニックで相談しとけ
12:2014/06/16(月)11:18:37 ID:
>>7
ありがとう。でもそんなに弱くないと自分でも思っているよ
ただ、ちょっと足を止めても良いのでは?って
16:2014/06/16(月)11:22:04 ID:
>>12
バックレってことは無断欠勤だろ
通常の判断力がなくなってるぞ
通院とか何らかの方法で、しっかり休め
26:2014/06/16(月)11:42:59 ID:
>>16
いいんだよ。俺の会社だから
どうせ居なくても一日くらいなんとかなる
28:2014/06/16(月)11:45:04 ID:
>>26
自分の会社ならバックレじゃねーよwww
8:2014/06/16(月)11:11:01 ID:
学校でも、勉強は常に一番だ。と母の靴べらでたたかれながら机に向かった。
なんとか首位を守ったけど、たまに2位になる時もあった
そんな日はご飯が無かった。

泣きながら犬の缶詰を食べたのを思い出す
9:2014/06/16(月)11:13:37 ID:
中学、柔道で全国大会にでた。
準決勝で相手が全国一位どころか世界大会に出ている強者。
寝技に入ったら抜け出せなかった。そのまま負けた。

コーチは褒めてくれた。父は拳で殴られた。
その日、祖父に会うのが怖かった。おびえながら3位だったと伝えた時。笑顔の祖父を見たとき声を上げて泣いた。

初めて祖父が、肉親が褒めてくれたと思った
10:2014/06/16(月)11:17:18 ID:
大学、当然の様に一校に、いつも死ぬ気で勉強したんだから当然の結果だと思う
初めて一人暮らし。羽を伸ばそうとおもったが、教授が父と繋がっており、より厳しい環境になった。

俺も友達と遊びたかった。でも勉強が面白かった
経済学を友人達とあーでもない、こーでもないと悩むときなんて、なんて素晴らしい青春なんだとトイレで泣いた。

教授が祖父を褒めるときや例を挙げるとき、胃が痛くなった
13:2014/06/16(月)11:18:45 ID:
毒親じゃん…
23:2014/06/16(月)11:40:54 ID:
>>13
親の事はわからない。でもいつも友人が救ってくれたから
14:2014/06/16(月)11:19:38 ID:
なんか昔のドラマの台詞みたいだな
24:2014/06/16(月)11:41:48 ID:
>>14
TVはあまり見ないから分からない
でもイギリスでは、こんな家系は良くあるみたいだね

子供は、親の所有物ってこと
15:2014/06/16(月)11:20:08 ID:
厳しいってレベルじゃないな・・・
25:2014/06/16(月)11:42:26 ID:
>>15
厳しいかはわからない。ただおかげで勝ち続けたよ
17:2014/06/16(月)11:22:08 ID:
大学・就活予定 
就職をしよう。そうすれば俺は自由だ。そう思い就職活動をしよう
教授に相談した。
いろんな企業があった。友人も起業して誘われた。
夢がこんなに、世界がこんなにも広いのかとワクワクした。

後日、祖父から手紙が来た。
内容は、留学について。拒否権なんて無かった。
部屋で嗚咽を上げた。
18:2014/06/16(月)11:24:15 ID:
留学 イギリスへ
英語は嫌いだった。でもイギリス人は好きだ
彼らは本音で話す。全てを

何よりも、自分の境遇を理解してくれる人ばかりだった
祖父は、本当の友人を作れる環境を用意してくれたのだと今更気がついた。
19:2014/06/16(月)11:28:42 ID:
イギリスは楽しかった
何よりも、責任を持てる人は自由になって良い
責任を持って発言できるなら、ノーベル賞保持の教授に喧嘩を売っても良い

天国だった。
初めて銃を撃った。鹿も撃った。ウィスキーを飲んだ。
そんな中、祖父が倒れる一報が届いた。

母から、戻れ とたった一言のメール
今でも覚えている。搭乗口でみんなが授業をサボって見送ってくれた事

そうまでして見送る意味、みな理解してくれているから
僕はもう愛すべきイギリスには戻れない
20:2014/06/16(月)11:32:33 ID:
帰国 
祖父とは立ち会えなかった。身内の様子は暗かった
それは寂しさではないのはすぐに分かった。
弁護士が遺書を持っていた。兄は既にそこに居なかった

弁護士が、祖父の事業を私に引き継ぐ旨の内容を読んだ
父は頑張れと、母は喜んでいた。
私は、人が死んだんだぞ?となんて薄情な家系なんだと軽蔑した
21:2014/06/16(月)11:34:47 ID:
そんな教育受けたけど、
アンタはちゃんとした感性を得られたのか
よかったね
27:2014/06/16(月)11:43:27 ID:
>>21
友人のおかげだよ。なにもかも
22:2014/06/16(月)11:40:04 ID:
着任
翌日、知らない年配と43枚の名刺を交換した。正しくは貰ったというべきか。
女性が荷押し車で段ボールが20箱程持ってきた。

どうやら私が会社に入る。祖父の跡を継ぐ為の書類が大量に持ってきた。
不安がよぎる。客室に知らない人ばかり。私には敵に見えた。

サインは後日にした。彼らを帰らせてすぐに友人に連絡し、弁護士と検事あわせて7人で書類を精査した
内容にあった書類もあれば、どう考えても私に不利な書類もあった・・
今考えても、不平等で考えられない書類が70枚以上あった

友人の言った言葉は忘れられない
なんと言う仕打ちだ と
29:2014/06/16(月)11:45:56 ID:
おもしろい
30:2014/06/16(月)11:48:35 ID:
就職 

全ての書類を精査、と同時に役員との戦い
会社に行けば、味方は居なかった
別にやりたい仕事でもない。でもおざなりに対応すれば関わる家族全てが不幸になる
手を抜いたつもりも無い。
癒着・私的横領を行う役員は容赦なく罰した。
着任二ヶ月で私の周りだけ空洞が空いた、おかげで会社が見やすくなった

社員との距離がつかみやすくなった
31:2014/06/16(月)11:52:06 ID:
平和

着任から二ヶ月はほとんど会社か友人の弁護士事務所で寝ていた
帰る暇があれば対役員との訴訟の準備を常に進めていた。

訴訟合戦も落ち着く見通しがついてから2年は、これ以上無い程平和だった
社員は必死で働いてくれる。癒着の役員が一掃された事により昇進も透明性を増し、社員から会社に対する愛も感じ幸せだった
32:2014/06/16(月)11:55:15 ID:
ふむふむ
33:2014/06/16(月)11:57:21 ID:
結婚

このとき、フランスで出会った女性とよく旅をした
世界を点々とする彼女にひかれた。

彼女は独りで世界を旅をしていた。戦争地域にも、貧困地域にも
イギリスで出会った友人とは一線を画す見識を持っていた。

彼女と安いバイクで中東やアフリカに行った。
オカバンゴデルタで告白をした。大自然の中で指輪を交換した
結婚式なんて挙げなかった。ただ地球だけが私たちの事を知っていれば良かった
34:2014/06/16(月)12:01:09 ID:
喧嘩

結婚の報告を両親にした。事後報告。誰もが唖然としていた。
何かを怒鳴られていた記憶がある。だが、これでもうこの家系に用はなかった。

両親はただ怒鳴るだけだったが、そこに一つ火種を発成させてしまった。
兄だ。
36:2014/06/16(月)12:07:37 ID:
兄弟

兄は母の言う通りに育った人だった
日本の中で育った。家系の純血のような存在だった。
遊んだ記憶も、喧嘩した記憶も無い。多分私の事は嫌いだったんだろう。
母が兄に熱中していたところを見かねて、祖父が私に手を差し伸べてくれたのかもしれない。
それが余程気に喰わなかったんだろう。ますます距離を感じる様になった。
ただ、アーチェリーの腕と両親の扱い方だけは尊敬していた。

結婚の報告時、兄は言った
その覚悟なら、会社は誰に譲るんだ?と
37:2014/06/16(月)12:12:31 ID:
会社

会社は祖父の会社を親として、父の会社は複数の子会社の会長。兄は父の束ねる子会社の社長
つまり、実質的に私の方が立場が上なのだ。
長兄が誇れる立ち位置ではない。

癒着のあった役員達は、みな父親の膝元に居る人たちばかりだった。
そんな連中を、容赦無しに解雇した姿を兄は腹が立った事だろう。

しかも、家系とはもう関係のない事で・・ と言われた日には、逆鱗に触れたのだろう
静かな怒り、とはこの事か。と感じた
38:2014/06/16(月)12:16:47 ID:
離縁

家系と離れる覚悟の報告。まさか会社を譲れ。と言われるとは思っても見なかった
しかし、会社に愛着は無い。
祖父には申し訳ないが手放す気で居たのは事実。

会社は楽しかった。でも用意された環境に居たくもなかった

私が保有する株式の一切は、家族の資産運用の会社に譲渡し、一切を役員に引き継いだ。
完全に引き継ぎが終わったのは、確か1年後。29歳。ちょうど二年前あたりだ
39:2014/06/16(月)12:17:44 ID:
みてるよー
40:2014/06/16(月)12:24:15 ID:
全てを捨てた

家系も、仕事も全て捨てた。
残ったのは家族と少しのお金だけ。

かみさんは、何とかなるさ と
子どもは、良く泣いて笑っていた
友人は、これで一般人だな と

この時の夏はイタリアのバカンス時期だった。
カズオイシグロの本をむさぼる様に読んでいた
ソーダ売りの女の子が可愛いえくぼを出しながら手を振っていた。

イギリスから、一枚のはがきが来た。
同窓会のお知らせ 鳥かごを無くしたようだね。と見覚えのある字で
41:2014/06/16(月)12:25:11 ID:
>鳥かごを無くしたようだね
めちゃくちゃ粋な友人だなwww
44:2014/06/16(月)12:29:41 ID:
>>41
イギリスのジョークはついて行けないよ
46:2014/06/16(月)12:36:25 ID:
6年ぶりのイギリス

油臭いポテトを出すパブがケンブリッジにある
ケム川でパントしながら時間をつぶした
乾燥した空気と花が美しさ、イギリスが大好きだ

みな老けていた。
相変わらずの口の悪さとシャレにならないジョークで腹を痛めた。
私の目が黄色くなっていた事。やせた事
社会をどうするかとか、政治の悪態、何も変わらない
47:2014/06/16(月)12:42:29 ID:
起業

腹心の友人から起業に誘われた。
彼と話さなければ水のビジネスなんて興味も持たなかった

貧困層の地域で濾過された水を空気から作り出すベンチャー起業を買収しないか?と
イタリアで好き放題遊んでいた。かみさんも子育てが落ち着いたので話に乗る

仕事をするのが久しぶりの様な感じがした
誰かに何かを売る これがこんなにも難しいものなのかとも実感した
営業も接待もした。

みんな資産を少なからず持っているから、利益が少なくても楽しんで仕事をしていた
契約が取れるたびに、送金されるたびに一喜一憂した。
48:2014/06/16(月)12:48:33 ID:
激務

この二年、ほぼ全力で仕事に取り組んだ
売るに売った。パブリックスクールにも協力頂いたりした。
楽しくて楽しくて、家族も巻き込んで仕事をした

アフリカ大陸に何百往復もした。
世界に7事業所もできた
気がつけば社員は世界で200人を超えた

気がつけば、何だがどっと疲れを感じた。
49:2014/06/16(月)12:54:36 ID:
ふむふむ
50:2014/06/16(月)12:54:37 ID:
金と影響力が次第に出始めた
自分たちは、金や影響力の為に働いているのか?と感じる様になった

学生なら、誰かが一番をなら次は私が一番を取る
仕事なら、誰かが10売れば、私は50売った。
遊びだってそうだ、セーリングだって柔道だって結果を残した。
友人の友人と、更につながりを広めて様々な話を聞いた。いろんな協力もした。

ふと気がついたら、自分が何をしたいのかわからなくなった
51:2014/06/16(月)12:58:06 ID:
先週、黙ってイタリアから日本に帰国した
メールは大量にきてる。なんだかどうでも良い

会社に迷惑かからないよう、スケジュールは全て白紙にしている。
子どもに会いたくて、かみさんにあいたくて帰ってきた
53:2014/06/16(月)13:01:11 ID:
こどもの顔を見たら、なんだか走りすぎたのかな。
もう小学生だった。
ナッピーを付けて床を這い回っていた子が、言葉を話していた。

少し、子どもと距離を感じた。
私の両親と、変わっていないじゃないか と自問した
54:2014/06/16(月)13:04:50 ID:
少しも子どもの事を何も考えていなかった。
自分の事だけ考えていた。そこに家族はいなかった。

妖怪ウォッチの話。キッザニアの話。
ディズニーランドに行った事。一杯聞いた

知らない間に、いろんな事を経験していた。
子どもの横で一緒に横になり、子どもが眠って行く様子は、幸せ以外に表現できなかった。

悲しくて涙が出た。私は何がしたいのかわからなくなった
55:2014/06/16(月)13:09:03 ID:
何をやってもうまく行く自信がある。
でも、家族とのふれあい方がわからない。

前ばかり進めば良いと思って上ばかり見ていた。
でも、大切な人と歩幅を合わせる方法がわからない。

ちょっと疲れた。
56:2014/06/16(月)13:10:12 ID:
自分が子供の時に欲しかった物を与えれば良いんじゃ無いか
59:2014/06/16(月)13:13:20 ID:
>>56
成績や、評価を与える事なんてできるのかな。
ひたすら自分から取りに行くとしか考えていなかったよ
63:2014/06/16(月)13:16:08 ID:
>>59
自分が自身の事に疑問を感じてるなら、子供を自分の分身に育てる事は無いんじゃ無い?
その為に何を与えるのが良いか考えて見ては?俺なんかより遥かに頭良さそうなんだし
57:2014/06/16(月)13:11:33 ID:
私は、名前の為に頑張った。
家系のため、先祖のため。
そこには未来の家族のためという気持ちが無かった

自問自答に少し疲れた。

今に至る
58:2014/06/16(月)13:13:01 ID:
こんだけの経営やってる奴が相談相手の一人や二人いないはずがない
何の為にスレ立ててんだ?
60:2014/06/16(月)13:13:54 ID:
>>58
誰にも相談したくないから
ここに書いてるんだよ。
62:2014/06/16(月)13:15:10 ID:
ただ、自分の気持ちを書いただけ
弱音なんて友人に聞かせたくない

手紙にしたくもない
ただただ、文字にしたかっただけ
66:2014/06/16(月)13:16:45 ID:
>>62
弱いとこを見せてもいいんじゃね?
それが友人だろ
65:2014/06/16(月)13:16:37 ID:
そろそろ子どもが学校から帰ってくる
お別れだ。

見てくれた人。ありがとう
見てくれただけでうれしいよ。
67:2014/06/16(月)13:19:10 ID:
見てたよ
68:2014/06/16(月)13:28:08 ID:
この数分で人一人の人生をまとめて垣間見た気がして楽しかった
俺の家族身内はみんな人間臭い人らばっかでイライラさせられることばっかだけど幸せなんだなあと思った
69:2014/06/16(月)14:33:11 ID:
頑張ったな
71:2014/06/17(火)14:24:15 ID:
厳しい人だったかもしれないが
帝王学ってものをおじいさんは持っていたんだね。
おじいさんが>>1に大切な財産を残してくれたね
元スレ:http://viper.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1402884465/
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